アナウンサーからCVCキャピタリストへ。エンタメの100年を支えた企業が目指す新たな共創

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インタビュー
飛田 紗里

松竹ベンチャーズ株式会社 執行役員
松竹株式会社 事業開発本部 イノベーション推進部


テレビ局のアナウンサーを経て、2017年 松竹に入社。イベントプロデューサーを経験した後、XRコンテンツの企画開発に従事し、ロケーションベースVRやARアプリの制作を担当。2021年 シード特化VC・ANOBAKAへの出向を経て、現在はスタートアップとの事業連携に取り組むほか、バーチャルプロダクション技術を用いたスタジオの運営に携わり、プロデューサー業務に従事。2022年 松竹ベンチャーズ執行役員に就任。

日本のエンタテイメントの歴史を背負ったCVC

- 2022年の今年、松竹のCVCである松竹ベンチャーズが設立されましたが、その狙いと目指す世界観について教えてください

松竹は、1895年の創業以来、演劇と映像を主軸としてエンタテインメントに関わる事業を複合的に展開してきました。

あまりイメージにはないかもしれませんが、松竹はその長い歴史の中で、数多くの先進的な取り組みを行っており、挑戦を楽しむDNAを持っている会社です。例えば、少し古いですが、日本初のトーキー(映像と音声が同期した)映画やカラー映画は松竹が手掛けました。また、400年以上続く伝統芸能の歌舞伎では、古典を守りながらも、型にとらわれない演出や人気IPとのコラボ、先端技術の活用などを積極的に行い、現在も多くのファンに愛され続けています。

松竹ベンチャーズのミッションである「この国の、娯楽を進める」という言葉には、伝統を継承しながらも、社会や技術、時代のニーズに合わせて新しい取り組みを継続することで日本の文化を作ってきたという自負から、CVCとして、エンタテインメントのさらなる発展に寄与していきたいという思いが込められています。

- 松竹ベンチャーズの活動について教えてください。

松竹本体と松竹ベンチャーズの出資で、初年度は10億円規模のファンドを組成しています。

投資領域は「エンタテインメント」に加え、再開発がはじまる東銀座エリアの「街づくり」もあります。注目しているテーマや技術は複数ありますが、エンタテインメントと繋がりの深いxRやWeb3.0(特にNFT)など、最先端の技術やサービスを持つスタートアップとご一緒したいと思っています。

投資対象は、ある程度サービスやプロダクトの形が見えてきたアーリーステージをメインにしつつ、現状はシードからミドル・レイターまで幅広く見ています。

また、松竹グループとの共創にも取り組んでおり、アクセラレータープログラム(以下、アクセラプログラム)も運営しています。現在は、2022/6/30~8/10に応募受付をしたプログラムが進行中です。投資活動とアクセラプログラムはセットではありませんが、事業部門との共創を視野に入れながら、イノベーティブなサービス&プロダクトを支援できる取り組みとして注力していきたいと思っています。

- CVC設立までの経緯について教えていただけますか?

スタートアップとの連携については、2017年頃から検討されていました。LP出資や若手社員のVCへの出向といった取り組みから始め、2019年にアクセラレータープログラムを実施したほか、部署毎に分散していた新規事業を一つに統合した新規事業本部の立ち上げなど、少しずつオープンイノベーションの体制を整えていました。

ですが、これから本格的にやるぞと言うタイミングで、コロナ禍の影響を大きく受けてしまったんです。これまで、お客様に劇場や映画館へお越し頂くことを前提としたビジネスを中心に取り組んできましたが、2020年は全ての劇場や映画館が営業できず、2021年以降も公演中止や入場制限が続いていました。当時は、新しい挑戦は抑制せざるを得ない状況でした。

一方、創業前の2020年から21年にかけては、LP出資しているVCや事業会社のCVCに社員の出向を受け入れて頂き、研修の機会を得ました。

- コロナ禍の影響を乗り越えたCVC設立だったんですね。山を越えて設立された松竹ベンチャーズの体制はどのようなものだったのですか?

松竹ベンチャーズは、松竹㈱常務取締役であり事業開発本部のトップである井上を中心に、7名の体制で発足しました。うち4人は30代ですが、自ら考え意思決定できるように一定の権限を持たせてもらっていて、4人とも、常務執行役員もしくは執行役員に就いています。VCや事業会社のCVCに出向して勉強させてもらったのも、このメンバーです。

私は、2017年に中途入社してxRコンテンツの企画や自社内初のアクセラプログラムを担当した後、2021年にANOBAKAへ出向し、松竹ベンチャーズに参画しています。

- 今回は松竹本体のバランスシート投資でなく、CVC子会社を作った上で組合での投資を採用されていますね

本体から切り離した子会社にすることで、チームの意思決定を迅速化させるほか、多くの起業家と年齢の近い30代メンバーに、責任と権限を付与する狙いがありました。何より、スタートアップ業界では、松竹はまったく知名度がありません。新会社を設立することによるアナウンス効果も期待しています。

ファンドスキームの意図としては、スタートアップとの連携に継続性を持たせるためです。

すでに魅力的なCVCやVCが多数あるなかで、我々に何が提供できるのかを自問した結果、アクセラプログラムや事業連携機会の提供とは別に、CVCファンドが求められるだろうと考えました。

アナウンサーからキャピタリストへ

- 個人としての飛田さんのこれまでのキャリアについて聞かせてください

新卒では、フジテレビ系列の岩手めんこいテレビにアナウンサーとして就職しました。

私は生まれも育ちも東京で、小学校から大学まで付属の女子校に通いました。小学1年生から、フジテレビの小島奈津子さんに憧れて、アナウンサーになる夢を持ったんです。これは女子校あるあるだと思いますが、思春期になると同級生は女優やCAになりたい!と盛り上がるんですが、私は一貫してアナウンサーでした。なんというか、割と純朴な子供だった気がします(笑)。

大学時代は早稲田大学とのインカレサークルで「放送研究会」に入り、司会進行などアナウンサーのパートを担当していました。イベントや映像製作をする500人くらいのサークルで、制作や演出など、色々な人が各自の持ち場で力を発揮して最後に司会役にパスが回ってくる、そういうチームプレーが好きだったんです。バトンをつないで一つのものを作りあげていく経験はずっと忘れられず、その後仕事をする際にも、自分の中で大切にしたい軸になりました。

- 小さい時からの夢だったアナウンサーですが、実際に仕事に就いてみて感じたこと、ギャップなどはありましたか?

土地勘のない岩手で社会人のスタートを切ることになり、最初は戸惑いもありましたが、視聴者の方から「頑張りなよ!」と声をかけていただくことも多く、地元の人たちと繋がりながら仕事をしている感覚がありましたね。ローカル局のアナウンサーは報道記者として現場に入ることも多く、情報を世の中に届けていくと言う部分でやりがいある職場でした。

一方で、震災報道に関わることで葛藤も抱えていました。2012年に入社して退職するまでの間、3.11の被災状況の取材や全国中継を担当しました。3.11を岩手で経験していない自分へのもどかしさ、全国に向けて「着実に復興が進んでいる」という内容でレポートをするとき、被害に遭った方の精神面と触れていることにより感じるさまざまなギャップ、「風化させないための報道」の意義には共感しつつも、忘れたい記憶を呼び覚ますような取材をしていることへの迷いなど、うまく言い表せないような複雑な気持ちを抱えながら仕事をする場面もありました。

- アナウンサーから、2017年に松竹へ転職することになったのは何故だったのでしょう?

理由は主に2つありました。

一つは、アナウンサー一筋だった所から、もう少し多様なキャリアを描いてみたいと思ったことです。当時、所属していた報道部は女性比率が少なく、女性の先輩もほとんどいませんでした。好きな仕事とはいえいつまで全力で働けるのか、ロールモデルがいない中、5年後の自分がどんなふうに働いているのか、イメージし難いところがありました。

もう1つは、エンタテイメントの力を感じたからです。当時、避難所や仮設住宅に届いた漫画雑誌を、大人数が回し読みしていたことがありました。映画の上映会が開かれたときは、老若男女問わず近所の方がぎゅうぎゅうに詰めかけていて。海岸で歌舞伎の催しが開かれたときは、震災後は海から足が遠のいていた方が多かったにも関わらず、東北各地から人が集まっていたんです。災害時にはインフラの復旧や最低限の生活を戻すことが優先されますが、エンタテイメントは人の元気の源であり、人の暮らしを潤すものだと強く感じました。

報道は大切です。ですが、一方で人を傷つけるかもしれない情報を伝えることの葛藤もありました。そうしたタイミングで、人々に力を与え心を動かすエンタテイメントに、関心がグッと強まりました。転職サイトに登録して、縁があって松竹に入社することになりました。

アクセラレーションプログラムが変えた景色

- 全く異なる業界、職種に飛び込んでみてどうでしたか?

実は、ExcelやPowerPointすら使ったことがなかったので、働く環境は大きく変わりました。また報道部はお金を稼ぐ部署ではなく、アナウンサーは名刺一つで大抵の方に会える仕事です。転職して初めて、自分で企画を作り、予算を立てて、周囲に売り込む…そういった考え方から学ぶことになりました。

入社後はイベントプロデューサーの業務につき、スポンサーを見つける営業や宣伝など含めて一通りの仕事を経験しました。自分ができることを一つずつ増やしていく日々で、すべてが新鮮でした。

- 周りに知り合いもいない中、畑違いの仕事が始まる、そんな入社直後のハードルをどのように乗り切ったのでしょうか?

社内の知り合い作りを始めました。歳の近そうな人とランチに行って他の人を繋げてもらううちに、徐々に仕事がしやすくなっていきました。

アナウンサーの時のように名前を覚えてもらえるわけではないので、自分が何者で何ができて何に興味があるのか、自分自身の広報活動に努めました。あちこちに顔を出し様々な情報を聞いて回れたのは、記者時代に培ったキャラクターが活きたのかもしれないです(笑)。

- スタートアップやCVCとの出会いのきっかけは何だったのでしょうか?

2019年に松竹が初めて実施した、アクセラプログラムを担当した経験が大きなきっかけになりました。プログラムを一緒に進めていく中で、スタートアップ側の熱量や世界観を受け止めきれない自分がもどかしく、もっと勉強しないと!と痛感しました。同世代や年下の起業家が、自分の生活を賭け、社員をも養っていく凄み。彼らの勉強量や真剣さは事業会社のイチ社員として生きてきた自分の常識とはレベルが違うと痛感しました。

同時に、あの熱量を受け止めて、彼らとともに新しいものを生み出してみたいという気持ちも湧いてきたんです。井上や当時の上司にも、VCに出向させてほしいと伝えていました。

- アクセラや、1年間の出向の中で、印象的だったスタートアップとの関わりについて教えてください

アクセラの中では、VRプラットフォーム上で音楽ライブを配信するVARKとのPoCが印象に残っています。松竹はリアルの会場として新宿ピカデリーを提供し、VRゴーグルを介したユーザーはVR空間で参加すると言うものでした。

同じイベントをリアルとVR空間の双方で同時開催したことで、それぞれの価値はどうあるべきか、実現するために何が必要なのかなど、今後の新しいエンタメに対する考え方が自分の中で大きく深まりました。

VC出向時には、あるスタートアップへの出資を見送った際の体験が印象に残っています。

その会社もVR系で、コンテンツ開発をする企業でした。xR系サービスはデバイスがないと楽しめない、という前提が多く、当面の市場規模は限定されてしまいます。他にもいくつか要因があり、結果的に出資には至りませんでした。

ただ、松竹のCVCとして向き合えていたら、…とも思うんです。前述のような劇場でのミックス展開はもちろんですが、松竹の保有する顧客データや固有コンテンツとのコラボなどで実績を作っていくことで、資金調達や事業成長の可能性はもっと広がったのではないか、と。これを思い出すと、今年から松竹としてCVCにチャレンジする事の意味を感じます。

120年に渡るスタートアップマインド

- スタートアップにとっての協業先になりうる「松竹」はどんな会社ですか?

攻めと守りが共存している会社だと思います。120年以上の歴史の中で、松竹は様々なチャレンジを経験しており、そのチャレンジが世の中の文化になっていく事例も多く経験しています。

歌舞伎は、古典歌舞伎のほか、近年は若い世代に人気の漫画やアニメを題材にした歌舞伎にも取り組んできました。伝統を守りつつも挑戦を忘れないことで、時代に寄り添う文化になる。松竹の「挑戦に対する寛容さ」は、「文化を守るためには、変える挑戦も必要」であることを深く知っているからこそかもしれないですね。

また、松竹は創業の頃、積極的な投資と買収を繰り返して連携先を増やし成長したと聞いています。スタートアップと向き合いながら、社内向けにスタートアップの熱量やナレッジを伝え理解や協力を仰ぐことは、簡単ではないと思いますが、松竹のDNAにはCVCを通じて実現しようとしていることと通ずるものがあるはずと思っています。

- 松竹ベンチャーズや、飛田さんがこれから目指すCVCの姿について教えてください

エンタメ領域に特化し、その尊さや楽しみを熟知している企業のCVCとして、「未来のエンタメ作り」に貢献していくと言うのが大目標です。

エンタメ領域では、xRの可能性は大きいと思っているので、リアルと掛け算も含め引き続き注目していきたいです。またxR以外でも先端技術を使ったスタートアップ全般に興味があります。「未来のエンタメ」はそこから生まれるものですから。

一方で、先鋭的な技術であるほど実績が乏しく、資金調達が難しく、事業も大きくできない、と言う構造的な課題があります。資金以外のリソース、プロやタレント、コンテンツ、ブランドなどのリアルな事業アセットを提供できる歴史ある事業会社のCVCだからこそ、何かブレークスルーを提供できないかと思っています。

私は、元々はテレビ局で視聴率を気にする生活を送っていました。多くの人に知ってもらえることの影響力、認知が広がる事で新しいモメンタムが生まれる醍醐味を体験として知っているつもりです。今は、日本の取り組みであってもすぐに世界に発信できる時代ですから、世界から注目を集める日本の伝統芸能を支えている松竹をうまく活用してやろうと言う貪欲さのあるスタートアップともコラボできたら面白いのではと思います。

チーム内では、志は高く持ちながらも「まずは汗をかこう」と話していますね。私たちは投資家として後発ですし、CVCの前例もあまり多くないエンタメ系です。出資や協業はもちろんですが、まずは多くのきっかけを作りから始めていこうと思います。熱量と使命感に溢れるスタートアップの起業家が、私たちのような歴史あるエンタメ系の企業や個人と交わった時に、何か化学反応が起きることを期待しつつ、その環境を地道に作っていくことから始めたいと思います。

今は出向やアクセラでの経験を経て、ようやくわくわくを実感できる地点に立っている。この役割にいることを嬉しく思います。

スタートアップの方や、VC、CVCの方々から学ぶものはしっかりと吸収しつつ、松竹ならではの強みを掛け合わせることで、「この国の、娯楽を進める」を実現する仕事をしていきたいと思います。

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