ゲーム、プロバスケ、将棋AI――バンダイナムコが新規事業とスタートアップ投資を通じて目指す「人を喜ばせるエンターテイメント」

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インタビュー
岩崎 覚史 / Satoshi Iwasaki

Bandai Namco Entertainment 021 Fund

2004年ナムコ(現BNE)に入社後、主に海外向けゲームタイトルの開発を担当。その後、ゲームメソッドコンサルティングサービスの新規事業の立ち上げに携わる。BNEの経営企画室にて、複数のスタートアップ企業への出資を担当。2019年、島根スサノオマジックのM&Aを行い、同社に出向。事業開発部長として、チケット、ファンクラブ、グッズなどの事業拡大を推進。2022年に帰任し、021 Fundに参画。

投資先のIPO事例が、ファンド設立の後押しに

- 岩崎さんが所属されている"Bandai Namco Entertainment 021 Fund"(以下、021 ファンド)のストラクチャ、組織や、投資対象とするステージや規模感などについて教えていただけますか?

021ファンドは、バンダイナムコのCVC部門として2022年4月に発足した投資チームです。「ファンド」と言う呼称ですが、ストラクチャ上はバンダイナムコエンターテイメント(バンダイナムコ)のバランスシートから投資する形をとっています。

投資対象のステージはシードからレイターまで幅広く検討。リードよりもフォロー投資に注力しています。021ファンドのサイズは3年間で30億円、年間10億円を一つの目安として投資しています。チケットサイズは3,000〜5,000万円のレンジが中央値のイメージですが、数億円規模の投資まで検討可能です。

日本チームのキャピタリストは現在5名。私を含めた2名がプロパーで、VC、商社、別業界の事業会社からの中途組が3名。ゲーム開発に携わったことがあるのは私だけで、多様なバックグラウンドを持った人材で構成しています。なお、021ファンドの正式発足は22年ですが、以前から企業としてスタートアップ投資は行っていたので、ファンド発足前の投資先も含めて担当しています。

また、ヨーロッパ、アメリカにも拠点を持ち、インドやイギリスの企業への投資実績も積み上がっています。海外拠点は、海外のVC等へのLP出資を通じた情報収集、投資先ソーシング、海外子会社からの取引先等への出資提案とのリエゾンなどを主に担っています。

021ファンドの発足以前と比較して、迅速に意思決定できるプロセスを整備しており、検討開始から出資決定まで2ヶ月ほどで結論を出せる状況です。少額投資の場合は、より速く決定できるケースもあります。

- 021ファンドの投資対象となる事業領域や目的、協業内容等について教えてください。

021ファンドは戦略投資を行うCVCという位置付けであり、財務リターンよりエンターテイメント領域での付加価値ある事業ストーリーが描けるかを重視しています。

既存のゲーム事業を直結する領域で他社と資本提携や業務提携を行う場合は、事業部サイドで直接行っていきますので、事業部との棲み分けを踏まえると、021ファンドが投資を検討する、事業ストーリーの切り口としては次の3パターンに大別されます。

  1. スタートアップが保有する先進的な技術やアイデアを活用した協業の実現、推進
  2. (AIアルゴリズム、VR etc., )
  3. 「IPメタバース構想」など、バンダイナムコが進めている事業における、不足ノウハウ&ケイパビリティの補完、吸収
  4. (ファンベース、XRガジェット、クリエイターツール、Web3.0  etc., )
  5. 将来的に大きな市場になりうる領域(拡張領域)へ、出資を通じた可能性の探索や成長の支援
  6. (eSports, NFT, 宇宙エンタメ、sleeptech etc., )

いずれかのパターンに資する企業への出資を積極的に進めています。特に海外向けの出資では、国内ではまだ法整備の面で本格的に取り組めづらい領域(NFT、ブロックチェーン)の先進的なテーマを検討することが多いため、上記の3の意味合いが濃い傾向にあります。

協業した事例をいくつか挙げると、2016年に投資を行い、2018年に上場したHerozさんとは、ゲーム内に実装するAIアルゴリズムの開発、コンテンツの自動作成、AIによるゲームバランスの調整やデバッグの自動化などで具体的な協業を進めてきました。

スマホゲームをスマホ1台で配信できるサービスを提供されているMirrativさんとは、ゲームユーザーが、マイクロなファンコミュニティに移管していく未来も見据えながら、バンダイナムコが進める「ガンダムメタバース」への応用なども視野に協業を議論しています。

また、インドのゲーム企業であるSUPER GAMINGには、インド現地のゲーム市場の攻略方法を考えるにあたってのマーケティング、情報収集を目的に出資しています。

- バンダイナムコとしてのスタートアップへの戦略投資の実行のために、CVC発足まで踏み込まれた背景はどういったものだったのでしょうか?

当社では、ファンド立ち上げ前から、外部企業を巻き込んで新規事業を作る取り組みを行ってきました。

私が最初に関わった新規事業は、2011年に立ち上げた“ゲームメソッドコンサルティング”で、ゲーム制作やエンターテインメントコンテンツ開発で培った技術やノウハウを、他業種の分野の製品やサービス開発に応用しようというものです。

取扱説明書を読まなくても直観的に「使いやすく」「わかりやすく」「楽しく」操作を習熟できるよう設計するゲーム開発のメソッドを、電化製品やサービスのインターフェース、教材などへの移植などに取り組みました。

この事業を通じ様々な業種の方と交流する中で、スタートアップとの接点が増え、2013年に始まったDeloiteさんのモーニングピッチにメンターとして参加するようになっていました。

2015年からは会社としてスタートアップ投資を行うようになり、Herozさんや、澪標アナリティクスなどのAI企業や、ストリーミング配信のSHOW ROOMの他、インディーズのゲーム制作、アバターなどへの投資を進めました。

ただ、一部の投資先とは協業は進んでいたものの、キャッシュアウトが先行するスタートアップ投資について、社内でも懐疑的な意見もあったのも事実です。ですから、2018年くらいから投資先が複数上場し、財務リターンが現実になる事例が作れたことは大きかったですね。

徐々にスタートアップの起業家との接点が増える中で、当社の経営陣においても、経営や事業面含めた良い刺激が得られる実感が持てるようになり、財務面、戦略面双方でのスタートアップ投資へに期待感が高まる中で、より機動的に意思決定ができる建て付けを実現したのが、2022年の021ファンド設立です。

- 021ファンドのキャピタリストとして、新事業創出のために意識していることや、具体的な活動などについて教えてください。

エンターテイメント領域で投資先を探索し、関係を作っていく上での考え方としては、スタートアップ側も当社側も、「まずは自分たちが楽しもう」というスタンスでいることを意識しています。

  • お互いワクワクする未来が描けるか
  • お互いが「いいね」と思える取り組みをいかにつくれるか
  • 021ファンドが触媒となることで、スタートアップとバンダイナムコがwin-winとなる良い関係を築けるか

という3点が、エンターテイメント領域における投資において大切だと考えて活動しています。

出資したタイミングからシナジー創出するための活動に即着手する、というスタンスでは必ずしもありません。投資先が成長をした暁に一緒に新しい事をやる、と言う中長期的視野に立って考えています。

とはいえ、上場会社が行う営利活動である以上、中長期的に活動を継続するためには、短期的に何らかのリターンやアウトプットを示す必要も出てきますので、ここがCVC活動の難しいところではありますね。

そのため、スタートアップの経営者や尖った人材に、バンダイナムコの技術顧問として入ってもらう、といった目に見える地道なアウトプットなども考えながら、CVCが触媒となって、起業家サイドとの目線合わせ、事業部サイドの巻き込みのために、日々コミュニケーションを取っています。

新規事業開発に携わり続けた先にあった「CVCキャピタリスト」という現在地

- 今の岩崎さんの考え方を作った幼少期の話を伺えますか?

出身は群馬県桐生市で、高校時代まで過ごしました。

家の中で一人で打ち込むことが好きな子供でしてた。幼少期はずっと粘土いじりをしていたり、小学校に入ってからは漫画を描いたり、ボードゲームを作ったり。何かを自分で作るのが好きで、どちらかというと引っ込み思案な子供でした。父親は車のパーツ販売や整備関係の会社をしていたのですが、ことあるごとに「自分の仕事を継ぐことはするな」「もっと広い世界を見ないとダメだ」と言われていたのを覚えてます。

漫画「スラムダンク」がすごい人気になった時期と重なったのもあり、中学では友人に誘われバスケ部に入部。家にこもってばかりの子供だったので太り気味だったのですが、バスケを3年間続けたことで、中学卒業する時には入学時より身長が20cm伸びたにも関わらず、体重は減ってました。高校でもバスケは続けましたが、膝を怪我してしまい、そこからは文芸部という文化部で小説を書いたり、部活動外で、絵や漫画を描いたり、ゲームを作ったりしてました。

地元の進学校で「勉強して偏差値のより高い大学を目指す」のが周囲の既定路線だったのですが、そういう進路は自分には合わないと思ってました。

ある時「美術大学なら、勉強ではなく絵が上手ければ進学できる」「美大出身ならデザイナーという職業につける」という話を聞き、これは自分に合っている!と、デザイン科のある東京の美大に進学しました。

クリエイティブ気質な人が集まる環境の4年間はすごく楽しかったです。バンドを組み100人以上集まるライブでドラムを叩いていた時が一番印象に残っています。授業は座学と実技に分かれていて、座学では色彩の理論や人体の構造などを学び、実技ではグラッフィックデザインやプロダクトデザインなどを身につけていきました。

- バンダイナムコさんに就職されたのはどういった理由があったのでしょう?

就活当初は、音楽と関係する仕事で、デザインを活かせる”楽器のデザイン”をやろうと、楽器メーカーでした。内定をもらった後に、友人と話をしていて「楽器は音を出す構造が決まっているため、ベースは昔もこれからも変わらない」、「そういうデザインは、岩崎の性格的にすぐ飽きると思う」という話をされ「確かに」と腑に落ちてしまいました。

そこから、デザインやものづくりに携われる世界で、変化が激しく飽きが来なそうなゲーム業界に絞って就職活動を再開しました。

2002-03年のゲーム業界は、ハード機はプレイステーションや、ニンテンドーDSが主流で、それで遊ぶゲームソフトも多く販売されていました。また、トレーディングカードとネットワークゲームが組み合わさった新ゲームの登場などでゲームセンターも盛り返していた時代でした。周回遅れの就職活動の中で、ほぼ唯一その時期でも募集していたナムコのゲームデザイナーに応募し、無事採用されました。

- ナムコ入社後、現在に至るまでの仕事について教えてください。

入社してから様々なゲーム作りに携わりました。すごく楽しくて20代は寝る間を惜しんで働いてましたね。最初の2-3年はゲームセンター向けのゲーム開発、その後、アメリカや中国など海外市場に向けたゲーム作りをやりました。

2007年くらいからの日本製の最新ゲーム機で中国のゲームセンター市場を開拓する業務を経て、2011年からは前述の”ゲームメソッドコンサル”での事業開発、2015年からの"スタートアップ投資"へと業務内容が変わっていきました。

2019年からは「島根スサノオマジック」という新興のバスケットボールチームのM&Aに伴い、同社に出向。チケット、ファンクラブ、グッズetc., 同チームの事業拡大を推進する事業開発部長の任に3年間就きました。

- スタートアップ投資の仕事から、プロバスケチームの経営に参画することになったのはなぜですか?

実は以前から、バンダイナムコ社内で「プロスポーツは究極のエンターテイメントの一つ」という認識が広く持たれており、プロスポーツ事業に参入することについては度々経営レベルで議論されていました。

一方、私は、事業連携を視野に入れたスタートアップ投資をする中で、新しい事業領域への参入に向けたM&Aも検討すべく、色々と情報収集をしていました。その時、たまたまプロスポーツ事業の案件として紹介されたのが「島根スサノオマジック」でした。

設立されて間もないBリーグで、ロケーションは島根県、しかも業績は赤字続きで債務超過手前でした。事業再生案件ということですから、上程してもまず却下されるだろうと思いながら提案したところ、意外にも「岩崎が島根県に行って、その会社の成長を自ら担当するのであればOK」という話になりました(笑)。

もちろん合理的な理由もあります。室内スポーツのバスケットボールなら、試合前の会場演出には音楽や映像、ゲームなどのノウハウを活かせるため、バンダイナムコとの親和性が高いだろうという判断です。私としては、人口で下から数えて二番目の島根県のチームを、我々が培ってきたエンターテイメントのノウハウで盛り上げ、経営再建を目指すことに大きなやりがいを感じ、同チームの経営参画を決意しました。

事業開発部長としての3年間では、経営基盤の構築から、興行オペレーションの改善、チケットやグッズ販売のテコ入れ、ファンクラブや、自治体との向き合いなど、ありとあらゆることを担当しました。バンダイナムコならではの施策として、会場内の映像演出はもちろん、「パックマン」のキャラクターやゲーム性を活用した広報や会場演出、バスケットのルールをわかりやすく伝えられる映像を作って地域のバスケファンを増やすための活動など、できることはなんでもやり、無事に経営を上向かせることができました。

その後、021ファンドが立ちあがることになり、2022年4月に私の出向は終了しましたが、同チームは、現在も当社のグループ子会社として頑張っています。

- ゲームメソッドコンサル、プロスポーツ経営、スタートアップ投資などに携わってこられた中で、新領域を開拓する仕事のやりがいや面白さはどこにあると思いますか?

小さい頃から、漫画やゲームを自作していたように、私は「自分が作ったもので人を喜ばせることが好き」なんだろうと思います。

これまで、私がやってきた仕事を無機質に羅列すると、脈絡のないめちゃくちゃなキャリアにも見えると思いますが、携わってきたどの仕事も「自分が作ったもので人を喜ばせる」要素があったという部分では共通していると思っています。だからこそ楽しく仕事ができたのだろうと思います。

スタートアップの起業家も、自分たちのアイデアや技術をもとにプロダクト/サービスを創り、それを世の中に広めていきたいと思っていますので、その点で共感できる要素があると感じています。

仕事に限らず、バスケットボールをやっていたこと、音楽にのめり込んだこと、プロダクトデザインを学んだこと、ゲーム開発に携わったことなど、一つ一つはあまり関係性のないかったことが、点が線となり、面となってきている感覚があり、それは面白いし、ラッキーだったなと思うところがあります。

- 岩崎さんがCVCのキャピタリストとして、今後こういうことをやって行きたいという目標などがあれば教えてください。

私は目標を立てて、そこまでのプロセスを楽しむことより、今を全力で生きるタイプなので、これからも目の前の課題を解くことに全力で向き合っていくような仕事をしていきたいと思っています。

スタートアップ、それを支援する事業会社、双方とも投資を通じて成長を目指す大きな方向は揃っています。ただ、”自分たちの事業をスケールさせたい”と思っているスタートアップが「縦方向の成長=できることを伸ばす」を志向しているのに対し、”自分たちのカバー領域を広げたい”事業会社側は、「横方向の成長=できることを増やす」を志向している事が多い。

CVCは、この両者の”縦と横の成長ベクトル”を意識して、その面積をいかに最大化するか、を考える仕事だと思います。個別の投資先毎のバランスを見極めながら、両者の強みを活かして課題を解いていく先に、エンターテイメント領域における新しい事業ストーリーの実現が見えてくる、と信じてCVC活動に取り組んでいます。

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