「CVCのピボット」が教えてくれた、CVCの役割とスタートアップとの向き合い方

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インタビュー
岸 裕一郎

総合企画室 コーポレートベンチャーキャピタル担当

同志社大学経済学部卒業。
2014年、株式会社ポーラに新卒入社後、化粧品事業の販売促進に従事。2018年に社内ベンチャー制度により、コーポレートベンチャーキャピタル「POLA ORBIS CAPITAL」の立ち上げを行う。
累計投資先数は23社。
主な投資先はSHE、トリコ、DINETTE、モデラート、SUPER STUDIO等。

ポーラ・オルビスの「新しい成長エンジン」を作る持続可能なCVC活動

- 岸さんは、新卒入社後わずか4年目にCVCを自ら新規事業提案し、立上げと拡大を主導されてきました。まずは、POLA ORBIS CAPITALの概要について教えてください。

投資活動の概要としては、2018年2月にCVCを始めて以来、これまで20数社への投資を行ってきました。投資規模は1社あたり5,000万円前後が多く、平均すると年間6、7社程度に出資してきました。

ポーラ・オルビスホールディングスの経営企画機能の中のPOLA ORBIS CAPITALというプロジェクト名のもと、ポーラ・オルビス ホールディングスのバランスシートから投資するスキームにしています。経営企画内にはM&Aを企画実行するメンバーもおり、投資先や社内とWin-Winとなる戦略的議論をシームレスに行える体制を取っています。

投資領域でいうと、我々が明確な価値が提供できるD2C領域は投資領域の一つの軸です。加えて、美容、ヘルスケア、食、ファッション、教育、観光などのコンシューマー領域への関心も強く、プレシリーズA以降のフェーズを中心に積極的に投資検討を行っています。

日本のコンシューマー製品は質が高く、グローバルにも通用する土壌や余地が十分あります。スタートアップのテクノロジー、アイデア、熱意をバックアップしながら、この領域で新しい価値を生みだせるのではと思っています。

また、メーカーのサプライチェーン上で何らか協業等が見込めるBtoBのスタートアップにも投資を行っております。

- グループ内におけるCVC活動の戦略的位置づけや目標について教えてください

消費者ニーズの多様化、デジタル社会の急激な進展、SDGsなど環境意識の高まりなど、外部環境は日々変わってきております。当社ではこれらの背景も踏まえ、基幹ブランドであるポーラやオルビス以外の「新しい成長エンジン」を作る必要性は全社で共有されており、私たちのCVCもその活動の一つにあたると考えております。

例えば、2021年4月、「FUJIMI」ブランドでパーソナライズサプリを提供しているトリコ株式会社をM&Aによってグループに参画いただきました。同社とのご縁はマイノリティ投資から始まったものでしたが、時代にあった新しい価値を提供するブランドをグループ内に増やしていくことは、経営戦略の観点からCVCに期待されている役割だと考えています

ただし、CVC活動を行う中で事業シナジーへのプライオリティが何よりも高いということではありません。M&Aの可能性も含めた事業シナジー創出を目指す一方で、CVCとしてサステナブルであるために、財務リターンのKPIも意識した投資を行っています。短期的なシナジーは見通せなくとも、意欲的な事業プランや先進的なテクノロジーによるイノベーションなど、魅力的な事業を展開するスタートアップとは積極的にリレーションを持たせていただいています。

安定的な財務リターンを担保しながら中長期で戦略的なリターンを得ることを大切にしております。CVCは成果が見えにくい活動と思われがちだからこそ、個別案件の短期の事業的なシナジーにこだわりすぎず、投資事業として一定の財務リターンの確保を目指すことも意識することで、CVC活動の持続性を高めようとしています。

- POLA ORBIS CAPITALの強み、支援内容など伺えますか。

これまでD2C領域は10社ほど投資してきています。この領域は化粧品や食品、アパレルetc.異なる商材を扱っていても、工場への発注、倉庫の確保、代理店との折衝などのサプライチェーンは共通する課題を持っていることがよくあります。グループ各社がメーカーのためもともとの知見があったなかで、スタートアップ向けにより特化したノウハウ、ナレッジが蓄積されてきています。当社と連携することでより良い条件での取引を実現でき、複数の投資先企業が共通の取引先に発注をすることで経済的なメリットが生まれるということも起きています。

また、初期はD2Cに注力して投資を行ってきましたが、結果的にECのイネイブラーとして事業を展開されるB向けのスタートアップとも連携することが増え、直近では多岐に渡るスタートアップに投資をさせていただいております。

そういった企業とは私含めて事業部本体やスタートアップ同士との事業開発に取り組んだりもしています。

スタンスとしてはgive&giveの精神を大切に出資先の成長に支援できること、求められることがあれば全力で向き合うというスタンスでやっています。

新卒社員に任されたCVC立ち上げ

- 新卒で入社した一人の若手社員が、新規事業としてCVCを提案することになったのは何故ですか?

CVCの提案に繋がったのは大学時代の経験からでした。高校から大学生活前半まで、何かにすごく打ち込むということもなく、どちらかというと楽しく過ごしていました。
しかし、社会に出て仕事をしていくことを意識したときに、このままで良いのだろうかと悩んでいた時にたまたま起業家の方とお会いすることがあり、大学3年生くらいからIVSなどのスタートアップが集まるイベントに参加する機会をいただきました。
そこで、熱量高い起業家やスタートアップで働く方々から刺激を受けました。その時に初めてスタートアップやベンチャーキャピタルという存在を知りました。新規事業を考える中でその記憶がよみがえり、リサーチを行うと海外では消費財メーカーもCVCを活発に展開する一方で、日本国内では着手している企業が少ないことに機会を感じ提案に至りました。

それでも、就職したときは働くということ自体に今ほど高いモチベーションはなかったですし、ハードワークをするタイプではないだろうと思っていました。ただ、2014年に新卒でポーラに入社し半年ほどで高崎にある北関東エリアに配属になるのですが、実際に仕事を始めると働くことが苦にならないというかむしろとても楽しいなと感じる自分がいたんです。

北関東エリアでは30店舗ほどのマネジメントサポートを担当し、売上をあげるための販売戦略から販売員の方のリクルート活動まで幅広い業務を任せてもらっていました。そんな時に入社3年目の秋にイントラネットにあった新規事業アイデア募集に目がとまりました。10年ぶりの社内ベンチャー公募で、「ミッションに即していれば事業領域は問わない」ということでした。

仕事の面白さが分かってきていた勢いもあり、同期入社した仲間と一緒に、新規性のあるインパクトを生み出す仕事を考えて公募に応募することにしました。

「ベビースキンケア」と「パーソナライズサプリ」、「ベースメイクブランド」の3つの事業の企画書を作り、4つ目のアイデアとしてCVCも提案に入れました。
同業の海外企業をリサーチしていくなかで、自社でのオーガニックな成長戦略に加えCVCを活用した取り組みに積極的ということがわかったことや、学生時代に感じたスタートアップの勢いに可能性を感じたことが提案背景でした。
ただ正直に言うと、自身の中での本命は「ベビースキンケア」事業だったんですが(笑)。

- 応募したアイデアが正式に採択されて、事業化が始まるまでどのようなプロセスがあったのでしょうか?

書類審査の締め切りが2016年12月にあり、2017年の1月に書類通過となりました。その年の4月にポーラ、オルビスなどグループ各社の社長数名が審査員となりプレゼンを行う機会があり、何度も手直しをした企画書をもって高崎‐東京間を緊張しながら往復していました。
それを経て7月に東京の新規事業部門に配属となった後、2017年12月にホールディングスの取締役会で最終ピッチを行い、社内で承認を得ました。2018年2月にCVC活動を正式に開始することになりました。

CVCコンセプトのピボット

- 新人のアイデアが、「実現すべき会社のミッション」に変わった時の心境の変化や、具体的にとった行動はありますか?

本当にCVCを始められるとなったときは、楽しみで仕方なかったですね。

東京に戻ってきてから新規事業チームに半年いて、正式な承認を得るために社内外で活動をしていました。当たり前ですが、じっとしてたら何もやることがないんですよね。今までにないことをやるので、まずは仕事を作ることから始めなくてはいけないと気づきました

正式にOKが得られた時は、「本当に自分にできるのかな」という気持ちはありました。海外の先行事例の研究をしていくなかで、いくつかの仮説はありましたが、国内での同業のCVCの事例はあまりなく、IT系のメガベンチャーくらいでした。CVCを立ち上げる際のスキームはいくつかのパターンがあるのですが前提条件やボトムアップで起案していることを鑑み、LP出資や二人組合ではなく自社独自で直接出資を行うことに決めました。

当時LP出資を通じたベンチャーキャピタルとの接点もなかったので、具体的なソーシングルートはなかったですし、スタートアップに対して提供できるメリットもクリアではありませんでした。

他社との差別化に悩んだ結果、立ち上げ時は「女性起業家を応援するCVC」というコンセプトで活動を始めました。このコンセプトは一定の共感を受け、メディア等でも広く取り上げてもらえました。ですが、実はソーシングや投資活動といった実務面では、中々うまくいきませんでした。

幸い1号案件の投資実行は、活動開始から2カ月後に実現が出来たのですが、その後は2018年の後半まで完全に停滞しました。起業家に会ってコンセプトを説明しても「それでポーラ・オルビスから出資を受けると、何が提供してもらえるのか?」と聞かれ、それに答えられずに終わる、ということが続きました。

よく考えれば当たり前なのですが、優秀な起業家ほど女性だから当社から投資を受けたいと思うかというと、そういうものではないんですよね。なので現在はあくまで結果論としてしっかりとダイバーシティも意識した投資を行うことを心がけています。

その頃から明確にCVCとしての強みを蓄積していける投資戦略を意識するようになりました。

- 課題を乗り越え、D2Cやコンシューマー領域の投資に軸足を移したのは何がきっかけですか?

海外事例のリサーチをしている中で、アメリカで「D2C」というキーワードが注目され始めていることを知りました。そこで、何かしらのアイデアや突破口が見いだせるのではと、サンフランシスコにあるグループ企業に訪問しました

現地でVCや起業家から様々なインプットを増やすことができ、D2Cという産業が急速に勃興しているのを肌で感じ、この波は日本にも来るだろうと理解しました。

日本に帰ってからも、D2Cという切り口での各社の取り組みや、スタートアップの動向など情報収集をしました。

D2Cを新たな軸に活動し始めたことで、徐々に手ごたえを感じ、地に足のついた活動ができていったと思います。

- CVCとしての投資実績を積み上げていくために心がけてきたことはありますか?

一番はリレーションづくりですね。特に同世代のキャピタリストの方には、情報交換や、相談・アドバイスをいただくなど、密にコミュニケーションを取らせていただいています。様々な接点を点で終わらせずに、線につなげていくことを大切にしています

また、投資先の方々とは投資未経験ということもあり投資家目線というよりも、一緒に事業を作っていく、という姿勢で関わることを意識しています。これは1社目に投資したSHE株式会社との関係がそうだったことから始まったのですが。当時、同社はシード期でファウンダー陣も私と同年代ということもあり、スタートアップの一員としてのコミットを求められたんです。一緒に頭を悩ませ、議論して課題に向き合っていたことが、その後の私のキャピタリストとしての大きな学びであり目指す姿に影響を与えました。

一方で直近では投資先数も増え初期のような関わり方は難しくなってきているので、どのようにここから成長していくのか日々考えております。

”会社の目的”と”自分の思い”、その「最大公約数」を狙う

- CVCキャピタリストという仕事の面白さをどこに感じていますか?

大きな意味では、「CVCは地球や社会を良くできる仕事」なのではないかと思っています。目標として財務リターンや戦略的リターンを掲げていますが、あくまでその活動の成果として返ってくるものじゃないかと考えています。長期的に社会を良くしていくことに目を向けながら、仕事ができると思えるのは魅力的ですね。

また、シード期の会社に出資したときなど、勝ち筋が不確実な中でPDCAを繰り返しながら一つの可能性が見えてきたときなど、堪らなく嬉しい気分になりますね。

また、toC向けのビジネスを展開する出資先が多いこともあって、ツイッターやインスタグラムで投資先の商品・サービスを喜んでいるお客さんの姿を見れるのも楽しいですしやり甲斐に繋がっています。

また、CVCというプロジェクトを通して、ポーラ・オルビスグループの中の新規事業や新しい取り組みが積極的になるような風土醸成に貢献できれば良いと思っています

- ”キャピタリスト”であり、”社内起業家”でもある岸さんですが、社内外からの協力を得ながら、影響力ある活動や挑戦するために、意識されていることはありますか?

新しいことに挑戦するならフルスイングすることが大切だと思います。大企業の中にいると会社に与えられた枠組み中で動くことを優先してしまいがちです。でも新規事業は中長期で創出する大きなインパクトを狙ってフルスイングする気持ちにならないと、結果的にうまくいきづらいのではないかと感じています。始めた当時周囲に遠慮したり短期的なことを考えすぎたりしてフルスイングしきれていなかった自分に対して、今ならそういうアドバイスをすると思います。

また、社内ベンチャーや新規事業での活動をしていくにあたっては、「会社の目指す成果」と「自分が目指すこと」の「最大公約数」を狙っていくことは意識しています。
自分のエゴだけで、大企業の組織を巻き込むことは難しい。その一方で、会社に言われたことだからと熱量がない状態で仕事をする姿勢だと、何かあると環境のせいにしてしまう。だから、この二つの最大公約数を意識的に狙って両方を叶えるモデルを見つけて作っていくという考え方を大切にしています。

 

また、先程フルスイングとは言いましたが、思い切って前に進むという意味でそれが博打的になってはいけないと考えています。あくまで短期でモノゴトを考えるのではなく、中長期で確実に成果を出せる戦略を考え少しずつステップアップしていくことをイメージしています。やりたいことを今すぐに実現できる都合の良い方法はありません。長期戦を覚悟して、5年後にこうなるために、今何をすべきか考えれば見えてくるものがあると思っています。

CVC発足当初は、CVCをうまくいかせたいという自分のエゴと熱量だけで進んでいました。しかし、ほどなく投資活動に行き詰まった。そこで、スタートアップ側のメリットや会社のメリットも考えていく必要があることを痛感しました。この時期に同世代のキャピタリストとの会話やアドバイスをいただく中でCVCをやっていく自分の考えるべきことが整理されていったのを覚えています。

- 岸さん個人が今後目指されている挑戦はありますか。

グループの中に投資を活用して新しい事業が生まれるような仕組みを定着させていきたいと思っています。CVCもその一つの手段ではありますが、もっと多様な投資を活用した取り組みも進めたい。

もっと言えば、日本のスタートアップが、大企業と共に成長できるという成功事例を作っていきたいですね。まだまだCVCの成功事例は少ない状態だと思います。成功事例が蓄積されれば、事業会社からスタートアップへ成長資金が流れていき、それがイノベーションに繋がるというトレンドができると思っています。そのために我々も貢献できればと思っています。

- 今後、どのような起業家と出会っていきたいですか?

端的に言えば、純粋で素直で、大きな夢をもってひたむきに努力し、やり切る強さを持った起業家の方です。自分の弱みを知っていて、そこは周囲に頼って補うことが自然にできる起業家でしょうか。

出会いは待っていては訪れないですし、アクティブに投資しているところに集まってくると思いますので、これからも謙虚に貪欲に活動を続けていきたいと思っています。

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