ベンチャー投資と上場株市場は、同じフレームで見定めよ――アナリスト出身キャピタリストの視点。

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インタビュー
前川 雅彦

株式会社DGベンチャーズ マネージング・ディレクター
株式会社DGインキュベーション 取締役

京都大学経済学部卒。国内・外資系の銀行・証券・運用会社でエコノミスト・アナリストを中心とした幅広い業務を経験後、日本郵政株式会社に入社。日本郵政グループ3社の上場準備や、東京2020オリンピック・パラリンピック大会のスポンサー権取得・スポンサー権行使施策に尽力。2017年、日本郵政キャピタル設立を主導し、常務取締役に就任。投資部門責任者として社内外のリレーション構築に尽力し、メルカリ、Sansan、スマートニュースなどの大型案件を手掛けた。ベンチャー投資業界全体のさらなる発展のため、2020年8月DGベンチャーズへ参画

日本のアクセラレーションプログラムの草分けであるOpen Network Labや、横浜銀行との共同CVC、Hamagin DG Innovation Fundなどを運用する株式会社DGインキュベーションでも取締役として投資実行を主導している。

日本のユニコーン企業誕生の瞬間を目撃

- 前川さんは、日本郵政キャピタル(JPC)設立を主導し、メルカリ、Sansanなど日本を代表するユニコーン企業の誕生をVCとして支援され、2020年8月から現在のDGベンチャーズに参画されました。まずは、当時のご経験から伺えたらと思います。

2016年の日本郵政キャピタルの設立メンバーとして常務まで拝命した経験の中で、当時最大級といえる約200億円規模のファンド運用を経験させていただきました。おかげで、上場前のメルカリ、スマートニュース、Sansanといったユニコーンとの出会いと出資の機会を得ることができました。当時関わった投資においては、幸いにして決算期ベースで一度も含み損を出すことはなく、キャピタリストとして貢献出来たと思います。

- ユニコーンとなる企業を見つけ出し、投資するにあたっては、どういった領域、ビジネスモデルに注目していましたか?

特定の領域やビジネスモデルということよりも、新たな価値をしっかりと生んでいる事業に投資することを重要視しています。メルカリに出資したとき、同社は派生する様々な事業にもチャレンジしており、当然その時点では不採算の事業もありました。しかし、スマホ上のフリマであるメルカリ事業本体は、それを補うだけのしっかりとした顧客への付加価値をすでに出して、利益が上がるサービスになっていました。

スタートアップのサービスには、顧客に効率化やコスト削減を提供するものも多くありますが、売りがそれだけでは限界があると思います。利益の中身が「効率を上げたり、コストを削減することで差分を取る」というものと「新たな付加価値を生んでいるもの」との違いは重要だと思ってます。しっかり新たな価値を出せる事業なら将来的に単価を上げることもできます。

ベンチャー投資にこそ「数字」が必要

- 「新たな付加価値を生む事業」の見極め方はありますか?

見極めるというと占いのようですが、私の場合は数字を手がかりに紐解いていきます。スタートアップの事業計画は不確実な未来図という意味で「絵に書いた餅」だと思う方も居るでしょう。それでも、突拍子もない数字に見えたとしても、考え込まれた計画であれば、実は実現可能性があったりします。その可能性がどれくらいありそうなのか、冷静に分析するのが重要だと思っています。ビジネスである以上、計数的な分析プロセスはベンチャー投資であっても欠かせないはずです。

エクイティマーケットでアナリストをしていた頃の経験から、事業計画の前提になっている調査レポートの数値を見て、その粗さを見極めたり、より正確や統計を見つけたり、合理的に推計したりする事が習慣になっています。
例えば売上は「単価かける数量」ですよね。この「数量」について、独自に市場規模を推計して、その数字が実現可能な水準なのか検証して、自分達として納得できるか検証したりします。
こうした計算を駆使しながら自分なりの見立てを作り、スタートアップ側にも伝えて議論を重ね、市場規模や競争力、バリュエーションなどの観点で、付加価値の高い事業か、投資として正当化できる案件かを見極めていきます。

- なるほど、ベンチャー投資というと意外と数字が軽視される場合がありますよね。前川さんはなぜ投資においてこの点が重要だと考えているんでしょう?

日本郵政キャピタルを設立した時の同志は、上場株式のストラテジストをやっていましたし、私自身も元エクイティアナリストでした。そのため二人とも、マーケットにおける株式評価のポイントを考慮しながら投資をしており、特に「EPS(一株あたり純利益)」はEXITを考えたベンチャー投資でも有要と考えて投資活動を行なってきました。成果を振り返れば、こうした考え方は一定程度正しかったことが検証できました。これが大きな理由です。

「VCは株式上場までのお付き合い」という感覚が一般的にあるようなので、上場後の株式市場を見据えた視点で議論するキャピタリストは比較的少ないと思います。この点は、私自身と、私たちのファンドの差別化ポイントなのではないかと感じています。

「ベンチャー投資」というと、起業家という個人の資質や才能にBetする、という点も醍醐味ではありますが、例えばEXIT時期がマーケットが悪い時期にあたってしまった場合、満足のいくバリュエーションは期待できないわけです。どんなに優秀な個人や、素晴らしい会社でも、個の力だけではマーケットのトレンドには勝てない。この事実に向き合い、株式マーケットでどう評価されるか、という視点を外さず、投資活動や出資先とのコミュニケーションをとることを心がけています。常に上場株式マーケットを注視し、上場してからも評価される企業になるためのアクションを出資先にも共有しています。

エコノミスト、アナリストとして鍛えられた数字感覚

- 投資家になる以前のことについて伺えたらと思います。小さい頃はどんなお子さんだったのでしょう?

一言でいうと、「変な子」だったと思います(笑)小さい時は二つ上の姉といつも一緒にいて、女の子10人の中で男一人とかでも平気に遊んでましたね。小学校2年生の時に、「空」っていう時を「”ウかんむり”だ」と教える先生に「”穴かんむり”ですよ」って、訂正したことがあって、「先生より自分の方が賢いんじゃないか?」なんて生意気なことを思ったことを覚えています(笑)

あと、歴史が好きでした。日本の歴史や三国志が大好きで、中学では歴史の授業で、先生の間違いに突っ込んだりしてましたね。あまり学校の先生には懐かないタイプでしたが、日体大の体育学部卒の先生のことは好きでした。何度も殴られたんですが、当時はそれが普通で。それでも自分が間違っていたら素直に「ごめん」と謝ることができる方でもありました。一緒に運動をすると、ものすごい運動神経でスーパープレイヤーなんですよ。素直に尊敬できたのを覚えています。

- 将来どんな仕事に就きたいと考えていましたか?

新卒の時には、明確に「エコノミストになりたい」という思いで銀行に入りました。小さい時から歴史の教科書をよく読んでいたところから「教科書に載るような人になるにはどうしたらいいかな」と考え、「総理大臣になるか、ノーベル賞をとるかだな」と考えて、「政治家はあまり興味ないので、ノーベル賞で日本人がまだいない経済学賞なら面白いかな」なんて妄想をしていました。

何かを分析して、うまくいっていることの背景にある要因や原理を発見し、再現性あるメソッドを自分で作っていくことが、好きというか、割と得意なんだろうと思います。そういうこともあって、大学を卒業するころには、エコノミストやアナリストという職業が向いてそうだなと思うようになっていました。

- 若手時代はどんな仕事をされていたのでしょう?

三和銀行に入ってしばらくして、いわゆる「問題ありの取引先」担当になったんです。当時、貸出債権で1円でもロスが出るとと支店長宛にレポートを書かなければいけないんですが、「問題あり」担当なのでレポートを書く機会がすごく多いんですね。
でも、それが苦ではなかった。焦げつくに至った融資がなぜ行われたのか、行内の過去の全稟議を紐解いて調べ上げ、担当先企業の財務実態を自分で資金繰り表を作れるレベルまで理解する。時には管轄が当支店に移される前の稟議書が保管されている拠点まで訪ねるなどして分析していました。企業活動の実態を数値的に理解する能力を養う上でとても良い経験になりましたね。

その後、総研に移って金融マーケットをマクロ的に分析するエコノミストとなった後、転職したUBSで時価総額で数十億〜5,000億くらいまでの中小型株式をカバーするアナリストとして、ファンダメンタルズや個別企業の状況から株価の評価&分析に従事しました。
2006年当時、GMOや和民、グッドウィルなどの上場ベンチャー企業も担当先で、創業者やマネジメントの話を直接伺いながら、個別企業の実態把握や株価の分析・評価をしていました。この時の経験が、ベンチャー投資でもマーケットを見据えた視点が重要だ、という考えを支えています。

- その後、キャピタリストになるまでにどんな経緯があったのでしょう?

UBSの後に移った野村證券では、エクイティの世界から一転して社債マーケットでの仕事を担当しました。大型社債を発行をする大企業と機関投資家がやりとりする市場で、エクイティと比べて参加者が限られるクローズドな業界のため、視界はガラッと変わりました。

結果を出すための勝ち筋を見出せてからは楽しくなって、天職かもと思うくらい、のめり込んだ時期もあったのですが、しばらくしてやり切った気持ちにもなっていたところ、日本郵政の常務をやられていた総研時代の先輩に誘っていただいたことで、日本郵政に参画することになりました。

入社してからは、当時交渉が進んでいた大手不動産会社とのM&Aの案件を担当したり、30社近い関連会社の財務管理などをやっていました。手がけていた大型M&Aが流れた際、元々練っていた構想で、郵政のキャッシュやアセットを使った新たな成長施策としてベンチャーキャピタルの設置をボトムアップで提案しました。マネジメントからゴーサインが出てからは先述したストラテジストをやっていた友人を誘うなど、急ピッチで法人化と実行チーム組成を進めました。

- 未経験・社内体制ゼロから、どのようにVCを立ち上げたのでしょうか?

当初は、最初は個人的なツテから始まりました。スタートアップはマネジメント同士がつながっているケースが多く、一つ一つの案件に向きあっていくうちに、カウンターパートのスタートアップから別のスタートアップを紹介をされるようになりました。
メルカリ、スマートニュース、Sansanなどはそうやって出会ったんです。彼らと事業計画のエクセルモデルをお互いで叩きながら、パラメータの正しさなど、先述のような数値の議論を膝詰めで熱く繰り返したことを思い出します。

JPCは200億円超のファンドでしたが、当時は相対的にかなり大きい規模のファンドでした。そのため、和製ユニコーンと言われるような有望スタートアップの成長を継続して支援ができるVCが、まだ限られていたこともソーシングにはプラスに働いたと思います。

CVCの難しさを工夫で解決する

- 現在所属するデジタルガレージグループに移られた理由は?

2018年くらいから、日本中で急速に「DX」という言葉がバズワードになりました。「DX」の定義や切り口は種々あると思いますが、ベンチャー投資に向き合ってきた私の見立てとしては、「キャッシュレス」と「デジタルマーケティング」の2つを取り入れられていない業界・領域が、すなわちDX化が遅れている分野なのではないか、と思っていました。

そんなことを考えながら、次のキャリアを考えていた時にデジタルガレージ(DG)に出会いました。DGグループは「キャッシュレス」と「デジタルマーケティング」のいずれの領域でも強みを有している稀有な企業です。DX化が本格化する潮流の中で、CVC投資を通じた新しい事業や価値の創出が可能だろうと感じました。自分の投資家としての新たな見立てを実行に移せる場なのではないかと感じて、挑戦したいと思ったんです。

- 直近では、2021年1月には横浜銀行と共同のCVCファンド「Hamagin DG Innovation投資事業有限責任組合」も立ち上げられていますね。

横浜銀行とのCVCは、スタートアップ投資を通じ事業連携やサービス革新が実現できた時のインパクトに興味を持ったことから始まったチャレンジです。とは言え、これまでお話ししたように私は、CVCであっても投資活動を考えるにあたってはフィナンシャルリターンの考慮が欠かせないと思っています。

財務リターンを十分に見込め、かつCVCとして投資まで至る案件とどうやって巡り合えるか、そこにフォーカスしています。純粋にフィナンシャルリターンが期待できる上に、事業面での価値創出まで望める案件はそう多くないので、1つ1つの出資が与える影響が大きな舞台で取り組みたいと思った時に、地方銀行という存在に注目しました。

地銀は、地域経済の担い手であり、地域で暮らす人々の生活に深く関係・浸透しています。投資を通じて横浜銀行の事業やサービスにインパクトを与えることにつながれば、地域の経済と生活に与えるものは大きいのはずだと思うんです。

- JPCでは、事業会社傘下の純粋な投資活動を行うベンチャーキャピタルを率いられていましたが、現在はいわゆる「CVC」のキャピタリストです。そこに違いはありますか?

CVC投資というと、「事業面でのシナジーを期待した投資」というイメージが強いように思いますが、「投資活動」である以上、財務リターンを重視して投資をすべきと思っていますので、根本のところに大きな違いはありません

CVC投資を通じ”複数のスタートアップと新たな事業を恒常的に生み出す”、というのは、相当難易度が高いものです。投資規模の面や、事業部との連携という面、プロジェクトとしての費用対効果など、ボトルネックになりゆる要素が多くあります。

数十億円前半規模のCVCファンドが、1件あたり数千万円〜1億円を投資をしていくとなると、アーリーやミドルステージのスタートアップがメインの出資先となります。一方、そのステージだはスタートアップ側もプロダクトが完成しきっていないため、事業部側と連携の議論をしても噛み合いづらい。CVCメンバーがこのギャップを埋める役割を担おうとすると、かなりのマンパワーが必要となります。加えて、アーリーや、ミドルステージに投資先が集中すると、当然EXITまでの時間軸も長くなります。
事業が未成熟でシナジーの見極めが難しく、財務リターン確定するまで時間軸も長い、という状況をハンドリングするのは、かなり困難なミッションでもあります。

そこで、私たちは投資技術の観点から2つ工夫をしています。一つは、ヴィンテージ管理をしながら、ステージを分散すること。VCとしては基本的な考えだと思いますが、特定のステージにフォーカスするのではなく、案件先の特性も見極めながら、シードからプレIPOまで、幅広いステージをカバーしながら、EXITまでの期間がバラけるように管理する。もう一つは、投資規模を柔軟に設計するということ。DGイノベーションでは30億円のファンドですが、優れたプロダクトを作り上げたミドル・レイターのスタートアップとの協業も視野に入れており、彼らが求めるチケットサイズ数億円の投資も検討できるようにしています。

CVCであっても、スタートアップの成長が第一

- スタートアップにとって、投資家はどういう存在を目指すべきでしょうか

スタートアップにとっての投資家の価値は、究極的には「資金提供」に集約されると思っています。出資検討にあたり事業内容や計画を分析・評価を行いますが、事業や会社のことに一番精通しているのは起業家でありマネジメントですので、投資後、事業方針などに口を挟むことは必ずしも良い結果にはつながりません。
CVCの人間の意見として少し違和感あるかもしれませんが、投資家は人生をかけて起業をし事業拡大を目指すしている起業家のプランに共鳴し、よく精査した上で、きっと上手くいくと信じて出資をしていくものです。そのビジョンを後押しするための資金を提供し、求められる範囲で有効な助力をしていくということにフォーカスすべきですし、事業会社側の都合を押し付けてもどちらも得るものはありません。事業連携についても、それがスタートアップの成長に有効な場合のみ推進すべきだろうと思います。

- 前川さんにとって、「CVCキャピタリスト」という仕事のどこに面白さを感じていますか?

未来にどうなるかを扱っている以上、「フロー」と「結果」双方が完璧に見通せることはまずありません。どこまで分析したとしても、自分の考えや視点にどこか間違いがある前提にたって仕事ができるところがキャピタリストの面白いところですね。確証はないから、投資を分散したり、投資規模を再検討するなどの手を打つ。時間が経過してくると、見立てとズレが見えてくる。そのズレが何を意味するのか、なぜそれが起きたのかを分析して、次の案件に活かしていくことは楽しいですね。

- キャピタリストとして、今後どのような起業家と出会っていきたいですか?

フェーズに関わらず、「視座の高い起業家」がいるスタートアップを支援したいと思っています。

視座の高い起業家は、つねに事業が新たな付加価値を生むビジネスモデルになっているか、という問いに敏感で、上場後の株価形成にも関心が高いものです。上場の後まで見据えた視座の高い起業家チームと出会い、長期的なゴールイメージを持った起業家であれば、支援するフェーズを特定する意味はなくなると思うんです。目指すゴールの方向やそこまでの距離感があれば、時間軸のどこで参画するかに違いがあるだけですから。

また、事業モデルという切り口でいうと、海外のビジネスを日本に持ってきてローカライズさせるという発想が一つのスタンダードになっていますが、その殻を破って挑戦するような日本発のアイデアやプロダクト、アジアやグローバルに受け入れられるビジネスが出てくることを期待していますし、そういった起業家を応援していきたいですね。

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